貫きたい愛がある。愛はとても美しい。
人は裁きを恐れ己を偽り、
蒼青く暗い歴史の水底へと沈んでゆく。
多くの詩人が後に歌う。
私を悪魔と。私を報われない哀れな女と。
私は、ただ私の愛に生きただけ。
忘れられない魔法をかけ、
この爪で緋紅き魔女の名は神話に刻んでみせる。
ボスポラス海峡を突破したイアソン一行は、ついにコルキスの国に着いた。
コルキスの国の宝、黄金の羊の毛は目前である。
「んじゃ、イアソンさん。わしらここで待ってるから」
「さっさと毛ぇもらってきね?」
オールスターズの乗組員たちをアルゴー号に残し、イアソンはさっそくコルキス王に謁見を申し込む。
そもそも、イオルコス王は簡単に「もってこい」なんて言うが、
黄金の羊の毛は他人様の国の宝である訳だから「くれ」と言って「どうぞ」ともらえる代物ではない。全く図々しい。
当然コルキスの王・アイエオスもそう思う訳である。しかし彼のイアソンのバックにはギリシア英雄オールスターズ。
…ハッキリ言って断り辛い。
そこである試練を持ちかけた。
コルキスには戦神アレスより送られた火吹き暴れ牝牛がいるのだが(アレスがどういうつもりでこんな迷惑な物贈ったのかはこの際置いておいて)、そいつで畑を耕し、耕したらそこに大蛇の歯をまき、そこから生まれてくる武装兵士たちを倒したら、羊毛を譲ってやると言ってきた。
ちなみに「大蛇の歯」というのはデバイの国の王もこれに関わってエライめに遭うのだが、
アレスの飼い蛇の歯であり、これを土に埋めるとそこから武装兵が誕生するという、いかにも戦の神らしいアイテムである。戦争にはもってこいだ…。
アレスの絡む試練は難易度が高い。
さすがにイアソンも途方にくれてしまったのだった……。
*ここで、少々シーンが飛ぶ。*
[アプロディテ宅]
「…邪魔しますよ」
「っきゃ〜☆いやぁんっ♪アテナちゃんじゃないの〜ん!!
どぉしたのどぉしたの!?あたしを訪ねてくるなんて、チョ→めっずらしぃん☆」
(※アテナはアプロディテが嫌い。)
「今日は、大変気が進まないのですが…」
「あぁん、そんなトコに立ってないであがってあがってん♪
んもぅ!ホントはあたしとオトモダチになりたかったのねん?シャイなんだからんっ(うりうり♪)」
「折り入ってあなたにお願いが…」
「あっ、そーだ☆ねんねん、これから一緒に新宿でも歩かないん?
アテナちゃんと一緒ならぜーったいイイ男捕まえられるわ〜☆」
「聞けぇぇーーーーーッ!!」
「アァン、おこんないで〜☆」
アルゴー号が完成した時にも少々触れたが、アテナはイアソンに割りと肩入れしている。
コルキスで苦労しているイアソンの為にアプロディテに協力を頼んだのだ。
それはもうさぞかし断腸の思いだったことだろう(嫌いだし〜)。
アプロディテはエロスに命じてコルキスの王女・メディアにイアソンへの恋心を芽生えさせたのだ。
[コルキス]
そんな訳でイアソンに激しい恋心を抱くメディアは、将来自分を妃にしてくれることを条件にイアソンに協力する。
彼女は優秀な魔法の使い手でもあったのだ。まず耐火の魔法をイアソンにかけ、アレスの牝牛で畑を耕した。
次に大蛇の歯から生まれてくる武装兵も、メディアが必勝法(むしろ裏技)を教えてくれたお陰で撃破した。
こうして見事試練を突破したのだった。
ところで、ギリシア神話において何かの条件として「無理難題」を押し付けてくるヤツというのは、
大抵その無理難題をクリアしたとしても約束を守る気がないヤツであるのが道理である。
コルキス王も例に漏れず、試練を突破してしまったイアソンを夜の内に暗殺してしまおうと企てる。
それを察したメディアはイアソンに、すぐに羊毛を持って逃げるよう伝える。
黄金の羊毛は眠らない竜が番をしているのだが、これもメディアの魔法で眠らせてしまった。
「眠らない」というのは嘘だったのだろうか…。
毛を手に入れるとイアソンはアルゴー号乗組員を叩き起こし、メディアとその幼い弟アプシュルトスを連れてコルキスの港から碇を上げる。
「オーラオラオラ!出航だぞ、ヤロー共!」
「あれ?イアソンさん、なんだってこんな夜中に」
「早くしろー!この国に長居は無用だー!」
「なんで王女が乗ってるんスか…?つーかあの追いかけてくる大艦隊はなんでスか…?」
訳が分からないが指揮官はイアソンなので従うアルゴー号。だが艦隊に追いつかれそうである。
「イアソンさん〜?預言者として言わせて頂きますが、このままじゃ追いつかれます」
「うむ。預言者じゃなくたってそんな事見りゃ分る」
「どうです、ここは一つ、そこの王女と王子だけでも引き渡して時間稼ぎするってのは…」
「聞こえてるわよ?」
こそこそと話し合うイアソンとイドモンさんをジロリと睨み付けるは
緋紅の炎でも放たんばかりの威圧と、紅玉の如き美しさの魔女王女メディア。
美しい、しかしそれは炎のように危険な美しさだ。
「わたくしを引き渡そうなんて思わないことね?この船に火を放ってわたしくし死んでやるわよ?」
怖い。その怖さ、ヘラにも匹敵しそうだ。
「なななななに言ってるのサ!当たり前じゃないか!そんなことしないサ!ボクたちは愛し合っているのだからららっ」
「そそそそうですとも!よよよよ預言者も追いつかれそうなあまり、ちょっと気が動転していたのですハイ!」
イアソンとイドモンさんは揃って首を振る。
「うふふ、そうよねー」
ああ…思わすクラっとくるほど美しい笑顔…。
「(ひそひそ)イアソンさんっ!あーたあの人に惚れられてるんでしょ!?もうちょっと強気に出てくださいよっ」
「(ひそひそ)ややややヤヴァイのに惚れられちゃったかも…」
「でもそうねぇ…。確かにこのままだと追いつかれそうだわ」
ふぅ、とすぐそこまで迫っている艦隊を眺めるメディアは頬に手を当てて物憂げに呟いた。
アルゴー号はこの後とんでもない作戦で艦隊を引き離すことに成功する。
同乗していたメディアの弟で、コルキスの王子であるアプシュルトスをバラバラ死体にして海にそれそれと投げ捨てた。
殺してからバラバラにしたのか、バラバラにして殺したのかは知らない…。
だが、艦隊を率いていたコルキス王はこれを目の当たりにすると、狂ったようにそのバラバラ死体を一つ一つ拾い集める。
離れてゆくアルゴー号を見向きもせず、ひたすら我が子の肉片を泣きながら集めたのだ。
その計画を立案したのが、殺された王子の実の姉であるメディア自身だったとも知らずに…。
(※追ってくる艦隊の指揮官が弟のアプシュルトスで、メディアの一計でだまし討ちする説もありますが、こちらではアプシュルトスは青年です)
最も、その後のアルゴー号の帰途は穏やかではなかった。
あまりに非人道的な行いにゼウスの怒りをかい、アルゴー号は嵐の中立ち往生した。
「うふふ…。神のクソジジイがどうしたって言うのよ。いいじゃない、2人で堕ちるところまで堕ちましょう?(クスクス)」
「ハハハハ…(乾)。でも一応なんとかしないと船が進まないのは困るしネ…(こあいよぉぉ〜…)」
島の魔女キルケに清めてもらい、ゼウスの呪いはとけた(キルケはメディアの伯母に当たるという説もある)。
元凶を作ったアテナとアプロディテが処罰されたかどうかは謎だ。
また、セイレーンの海峡を通過しなければならなかったが、これはオルフェウスのお陰で突破した。
大型スピーカーから大音量の『威風堂々』が流れ、セイレーンの歌なんぞ聞こえもしなかった。
やっとイオルコスに戻ってきたイアソンだったが、叔父のペリアスはやはり「無理難題パターン」で行くと、
約束を守る気なんぞはじめから無い。王位を譲らないペリアスを見て、メディアはまたほくそえんだ。
「あなたに逆らうゴキブリ男なんて、わたくしが殺虫剤で苦しめ殺してあげるわよ?」
メディアの作った毒薬で、イアソンはペリアスを彼の娘ごと毒殺した。
しかし、度重なる非情な手段にさすがにそろそろみんな退く…。
ペリアスの息子でありながら、イアソンを認めてこれまでアルゴー号で共に旅してきたアカストスがキレ、
やり方が汚いと国民の信頼も無くし、新王アカストスの名においてイアソンとメディアはイオルコスを追放される。
その後コリントスに亡命した2人は10年間そこで暮らし、2人の子どもメルメロスとペレスが生まれた。
コリントスの王は、イアソンの武勇伝を聞いて彼を気に入り、自分娘・グラウケを結婚してコリントスの王にならないかと誘う。
祖国に追放され、仲間にも見限られたイアソンにはいい話だった。
誘いに乗って、グラウケと結婚する為メディアと離縁したのだ。
メディアがどれだけ怖い女かは、よく分っていたはずではなかったのだろうか。
メディアはイアソンの結婚式の日、花嫁にドレスを贈った。
そのドレスには魔法がかけられてあり、式の真っ最中に発火してグラウケを生きたまま焼き殺した。
娘を助けようとしたコリントス王も巻き添えだった。
メディアの怒りはそれだけに留まらず、自らが産んだ実の息子達を殺して、コリントスの国を去っていった。
紅蓮の炎そのものを身に映したかのような緋紅き魔女はその後何処へ行ったのだろうか。
他国へ渡って結婚したとも、祖国へ帰ったとも伝えられている。
妖艶に揺れる美しい炎は、触れてはいけない美だった。
彼女を突き動かしたのは果たして一途な愛だったのだろうか?本当にそうなのだろうか?
我が子を殺し、神々をも恐れないメディアは、ギリシア神話に大きな存在感と共にその名を残した。
老いたイアソンは、各地を放浪した後ある海岸で大きな船の残骸を見つけた。
それはかつて自分が多くの英雄たちと乗り込んだアルゴー号の船首だった。
懐かしさと喪失感に包まれながら、イアソンは朽ちた船首にそっと触れた。
すると老朽化した船首は倒れ、イアソンはその下敷きになって死んだという。
それはメディアの魔法ではない。
メディアは、イアソンをその手で殺しはしなかった。
終。
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