アルゴー号冒険[中編]

 冒険者たちは船を出す。
 陸を離れた遥かなる大海原…
 そこは人が生き抜くにはあまりに過酷で予想し得ないことが起こる非安全地帯である。
 古代ギリシア史上、船で旅をして無事生還できる者の数は総数の半分に満たない。
 冒険者たちに幸いを。
 しかしその旅の先に、果たして祝福はあるのか…?

イオルコスの王子イアソンが王位を奪還すべく、叔父より「空飛ぶ黄金の羊の毛」を持って来る事を条件に出され、
アルゴー号という船に50人前後の英雄達を乗せて出発してから早3日。
船はレムノス島へと到着した。
この島は昔、美の女神アプロディテの怒りを買って呪いが掛けられている。
曰く、島の住民には女性しかいないとか。
医学が進んで冷凍精子バンクでもあるならともかく、古代ギリシアでこれは種の滅亡に関わる大問題である。
そこへやってきたアルゴー号の乗組員は全員逞しい英雄男共ばかり。
  大 歓 迎 で あ る 。
船はさっそく当初の目的を忘れて数ヶ月このパラダイスで過ごした。
この時唯一島の女たちに興味を示さなかったのがヘラクレス(故郷に妻がいたからとも、お付の美少年にベタ惚れしていたからとも言われている)
いいかげんダラけきった仲間たちに活を入れ、後ろ髪引かれながらもアルゴー号は再出発した。

次に船はドリオニアという国に到着する。
ギリシア速報神託で英雄達を乗せた船がこの国に立ち寄る事を知っていた王は喜んでこれまた彼らを大歓迎した。
女に囲まれウハウハ国の次は男の友情国か…王と英雄達は酒を飲み交わし、翌日気持ちよく再出発した。
ところがその晩、船はは大嵐に遭い、深夜のドリオニア国に押し流されて戻ってきてしまった。
暗くてよく分からないが、こんな夜更けにやたらデカイ船が国の海岸に近づいてきている。これは敵襲だ。
そう思ったドリオニア王はアルゴー号と知らず、船を攻撃する。
一方アルゴー号も、「暗くてよく分からないがなんか攻撃されている…?」
売られた喧嘩は買うまでと、そこがドリオニアの国とは知らずに迎え撃つ。
一夜明けてみると戦況はアルゴー号チームの圧勝。だが転がる死体はよく見れば昨日仲良くなったドリオニアの人々!
なんてこったい!自分ら、ドリオニアに戻ってきていたのか!
「遺憾の意」を示し、さめざめと再出発しようとすると、
ここら辺り一体を守護している女神キュペレが王の死を悲しんで大嵐再来である。
「ひどいわぁ〜ひどいわぁ〜!ドリオニアの子たちはみんなあたしのオトモダチだったのに〜〜〜!!!」
 ―ゴォォォォォォォォ
「だ・誰かなんとかしろぉ!」
「えー、予言者として言わせて頂きますとぉ…」
預言者イドモンさんは嵐の原因である女神の怒りを鎮めないとこの嵐は収まらないと言う。
そんな事は見れば分かる。その方法だ。
結局、一向は捧げ物やら祈りやらを試しまくって実に2週間の長きに分かって彼女を説得し、ようやく航路に戻ってきたと言う。

さて、この後アルゴー号は後にキオスと呼ばれることになる、今は無人の地にしばし停泊することになってしまった。理由は―
「オイオイ誰だよ船のメインマストをへし折ったヤツはぁ〜(櫂って説もあるが…)」
「ヘラクレスでーす」
「悪かったって。けど、あんな大勢で襲ってくる敵(ドリオニア国軍)、マストくらいのデカイ武器でなぎ倒した方が早いと思ったからさ」
「マストは武器じゃねぇよ…」
「ちゃんと代わりの木ぃ切ってくるからさ〜」
「ついでに誰か水汲んできて」
「あ、それ僕が行きます」
登場人物が50人前後なので台詞の整理は割愛させて頂くが、
要はヘラクレスのへし折ったマストの代わり木を切り出しに
ヘラクレスと予言者のポルペモス、そして水汲みを買って出たヘラクレスのお付の美少年ヒュラスが森へ入っていった。
「ヘラクレスさん、この木でいーんじゃないですか?」
「あーダメダメ。預言者は木を見る目がねぇなー。こっちのがいいって」
「あーそうですか、じゃあそれで(流されやすい)」
「(ギーコギーコ)全くいくら俺が怪力だからってマストの修理一人に落ち着けやがって〜。ポスさん、あんたもそう思うだろ?」
「あーそうですねー(流されやすい)。わたしも一応手伝ってるんですが…」
一方その頃、水を汲みに行ったヒュラスは一人森の奥まで踏み込んでいた。やっと手頃な泉を見つけてさぁ水を汲もうとすると
その泉は水のニンフたちの住処だった。
「ホホホホ〜、こんな辺境の地に美少年ヨ〜♪連れて帰って床の間の飾っちゃいまショ〜」
「ずるいワ〜、うちのウサギ小屋で飼いたいワ〜」
不幸にも気に入られてしまったらしい。
ヒュラスは多勢に無勢でニンフ達に泉に引きずり込まれてしまった…。
夕方になり、代わり木でマストを修復し終わったアルゴー号にヒュラスが見当たらない事にヘラクレスが気付く。
「あれ?うちの丁稚奉公のヒュラスは?」
「えー、戻ってきてないよ?あんたらと一緒だったんじゃないの?」
今頃、泉に底に沈んでようことなぞ知る由も無い一同は「迷子じゃないの?」と首をひねる。
「ちょっと探してくる」
「あーじゃあわたしも(流されやすい)」
「早くしてよなーもぉ〜」
ヘラクレスとポルペモスが再び船を降りようとしたとき、預言者イドモンさんがイアソンに言った。
「イアソンさん、ちょっと…」
「あん?今度は何?」
「えー、預言者として言わせて頂きますとぉ…」
なんでもこの海域は日が暮れると海神グラウコスが現れるとか。ヤツは凶暴で巨大なので、こんな船一瞬で木っ端微塵だろうと。
「ヘラクレースッ!!やっぱヤメだー!今すぐ出航するぞー!」
「あぁん!?」
「海神が出る!船が木っ端微塵にされる前にこんなところ出るんだ!」
「テメェ、うちの丁稚奉公と船の木っ端微塵とどっちが重要だと思ってんだ!?
もちろん過半数以上が「船の木っ端微塵」に票を入れる。
協議の結果一行はヘラクレスと流されやすいポルペモスを残して船を出港させることになった。
(大幅な戦力ダウンが予想されるが…)

さてさて、そんな経緯でアルゴー号は今度はベブリュークス人の支配地に、前回補給できなかった水の調達の為立ち寄った。
しかしココの王がこれまたケチで、自分が海の神ポセイドンの子である事を自負して並外れた拳闘の腕も鼻にかけていた。
拳闘で勝負して自分に勝てない限り水は別けてやらない、ときた。
ツワモノぞろいのイアソン様ご一行に向かって命知らずな発言である。
一行の中には拳闘の達人で大神ゼウスの血を引いている双子座の片割れ:ポリュックスがいる。
実力の差(というかエリートの血)を見せ付けてやって圧勝ののち、水も頂いてその地は早々に後にした。

次に訪れたのはボスポラス海峡の手前のサルミュデッソス国
この国の王:ピネウスは盲目だが優れた予言者だった。しかしその力を使い過ぎてなんでもかんでも予言してしまうモンだから
ゼウスの怒りを買ってとある呪いを受けている。その呪いとは、
食事しようとすると必ず人面怪物鳥のハーピィが襲ってくる、という呪いであった。
よってピネウスはここずっと食事をしていなくて干からびている。彼はアルゴー号の英雄達に助けを求めた。
ハーピィ退治を引き受けたのは北風のポレアスの子・ゼテスカライス
彼らはまずハーピィをおびき寄せ、現れたと同時に剣を携え突進。形勢不利と見たハーピィは飛び去って行ったが、
セデス・カライス兄弟の背中には黄金の羽がある。飛んで追跡し、もうピネウスを襲わない事を約束させて逃がしてやった。
ようやく平和な食事にありつけたピネウスはアルゴー号ご一行に感謝をし、お礼にシュンプレガデスの事を話してくれた。
シュンプレガデス―それは、この先のボスポラス海峡を挟む形である2つの大岩のこと。
この岩は海峡を通過しようとするするものがあると、バイーン♪とシンバルのように両サイドから押しつぶしてしまうらしい。
うわ、そりゃ怖いわ。して、その対応策は?
船の行く手に鳩を飛ばし、岩がその鳩目掛けてバイン♪と閉じたら、それがまた開き始めてる間に通過してしまえばいいのだ。
なるほど、よく考えると単純である。

アルゴー号はその方法で無事ボスポラス海峡を通過した。
さぁ、この海峡を越えたらついに目的地のコルキスの国に着く。
嗚呼、ここまで長かった。色々あった。前半の方なんてもう何があったか思い出せないくらいである。

「乗組員がちょっと減りましたけどね」
「うん。途中で船酔いでギブしたり、飽きたり、迷子になったり、それ探しに行ったり、結婚しちゃったり、気付いたらいなかったり」
「イアソンくん、さっさとあの国から羊の毛ぇもらってきてね?」
「ふふん、任せておけって!チョチョイのチョイだよなぁ、予言者のイドモンさん?」
「えー予言者として言わせて頂きますとぉ…」
イドモンは遠くに見え始めたコルキスの国を見やりながら、ふと不気味な笑みを浮かべた。
  「前途は…まだまだ多難のようです」

次回に続く。