パイプオルガンは鍵盤と連結したパイプ部分に空気を流すことによって、音を鳴らす楽器です。オルガンのスイッチを入れると、楽器の裏ではザーッと音がします。林の中で強めの風に吹かれているような、かなり大きい空気のまわる音です。これは、楽器の裏側にある電気モーターがつくった風の音です。この風をいったんパイプの下部にある箱(風箱)にためて、下から吹き上げる形でパイプに空気を通しますと、音が鳴ります。これがパイプオルガンの音の鳴る仕組みです。
アンデスの伝統的なたて笛、「ケーナ」も風の楽器と呼ばれているそうです。アンデスの山々とともに立ち、風に吹かれながら笛を鳴らす……そんなイメージが頭に浮かぶ、ぴったりのネーミングですね。ケーナと同じく管楽器のトランペット、フルート、オーボエなども空気を送りこんで音を鳴らすのですから、風の楽器と呼ぶことができます。管楽器アンサンブルのことを、ウィンド(wind)・アンサンブル、あるいはウィンド・オーケストラといいますよね。
このように空気を利用した風の楽器はとても多いのですが、オルガンを語る時、とくに「風」の言葉が強調されることがあります。なぜでしょうか。
それはパイプオルガンがヨーロッパのキリスト教会の会堂の中で発展したことと大いに関係していると思われます。
オルガン音楽成立の背景としてのキリスト教について少しだけ触れますと、キリスト教では三位一体の神をあがめます。この三位とは、“天の父なる神”、その御子であられる“イエス・キリスト”、そして最後に“聖霊”で、このうち風と特に深いつながりがあるのが
“聖霊”です。旧約聖書の書かれたヘブライ語で“聖霊”は「ルアハ」、新約聖書の書かれたギリシャ語では「プネウマπνευμα」といいますが、そのギリシャ語、ヘブライ語とも“聖霊”のことばは「息」そして「風」と同義語です。このことから聖書の中では、聖霊が「風」にたとえられてしばしば登場します。
オルガンがなぜヨーロッパの教会で用いられるようになったのかは、実はほとんどわかっていません。教会へのオルガンの導入は10世紀ごろには定着していたらしいことが記録にあり1、いまに続く伝統となりましたが、風=息=聖霊によって鳴る楽器だからこそオルガンは教会の中で大切にされ、現代まで続く習慣・伝統となったであろうことは容易に想像されます。オルガン・コンサートを聞き「荘厳な響きですね」とおっしゃる方は、オルガンに内在する「ルアハ」「プネウマ」の神秘性を知らず知らずのうちに感じとられているのかもしれません。
神の息によって鳴り聖霊に満たされた風の楽器、パイプオルガン。あらためて書いてみますと、一人のオルガニストとして身のひきしまる思いが致します。
金澤正剛『キリスト教と音楽』(音楽之友社, 2007年), 74頁。
1. パイプオルガンは風の楽器です。